短歌 21世紀」五周年と大河原惇行
平成九年に、アララギは九十年の歴史を閉じた。そのアララギを継ぐ歌誌として、「短歌 21世紀」は創刊された。その意味するところは、常に考えなければならない。近代から現代にかけて、アララギの残した多くの優れた作品を前にして、時に怯むこともあるが、先にさらに新しい世界が開かれてゆくに違いない。同時に、アララギが歴史を閉じたことは、今日という時代状況において、その理由を受け止めなければならない。その確たる認識があって初めて、次の展開が可能になるのではないか。
小暮政次を中心として、創刊された「短歌 21世紀」も、五年が過ぎた。平成十三年二月、小暮政次はその九十三年の生涯を終えている。更なる困難を背負ったといっていい。それでも、若い人達の多いこの集団は、その困難を跳ね除けていくであろう。
昨年、十一月二十四日の朝日新聞の「折々の歌」に、大岡信氏は、小暮の歌を取り上げて、歌とは別に次のように書いた。「平成九年末で九十年の歴史を閉じ、今は残された人々によって新たな歴史が刻まれている」。この歴史が刻まれていると言う指摘は、やはり、嬉しいということになる。
反写実を含めて写実だと晩年の小暮が言ったが、そのことと、アララギを継承することの意味を考えなければならない。そして、歴史に刻まれる新たなるものは何か。すべて、これからなのだ。
「短歌21世紀」発行所
〒三五〇ー一三二〇
埼玉県狭山市広瀬東一ー一ー五
電話 〇四二ー九五二ー二六一〇
「短歌21世紀」六十首
トンネルをいづれば右窓にひらけたる浅間山麓は雨ぐもりなり 荒 井 孝
いつ誰の染めにしものかこの辻に並ぶ石仏の唇のあけ 清 水 正 男
駒鳥の声絶えまなし朝明けになびく断崖のうへの林に 楠 瀬 兵五郎
狸除けに籾殻燻すわがめぐり玉蜀黍畑は夜霧つつめり 北 原 作 英
二十分歩き戻れば籐椅子にしづかに憩ふ五分七分 田 村 八 重
梅雨の雨多き今年は砌辺の秋海棠の花早く開きぬ 小 出 春 善
大道芸を認められしその人ら白塗の面表情乏し 藤 原 みよ子
立ち上り八時十五分頭垂るかくながらへて朝の食卓 大 の トクヱ
治安維持法に逆らひて倒れし命一つほの暗き倉に遺品は並ぶ 関 口 朝 子
断崖にくだくる満潮の波限りなし磯山を舞ふ夏アカネの群は 片 桐 文 子
車椅子操るにわが馴れしと思ふ退院の母を乗せてこの朝 中 山 やすゑ
トンネルを出で来て橋にかかりたる車輌の響峡に谺す 安 村 久 代
眠りより覚めず終らば安けしと思へど明日の米研ぎて寝る 増 本 いわ子
玉紫陽花の咲き続く道のぼりつつ間近かに聞けるクロツグミの声 多 賀 陽 美
教会に行けざる吾の受洗日に詩篇を記す一葉給ふ 中 川 尚 志
砂防林の半ばに至れば海鳴りの劫のとどろき空より襲ふ 今 関 久 義
不器用と吾を言ひて人をるらし幾度か覚めて夜の更けつつ 川 上 隆 司
満月の夜にヘチマ水とると言ひ妻はヘチマの蔓を瓶にさす 野 口 光 彦
アメリカを憎む心の永遠ならん八月六日夾竹桃紅し 田 中 要
馬鈴薯に出でし白き芽かきゐたり俄かなる冷えにシャツを重ねて 渡 辺 喜 子
葉の色と少し異なる銀杏の青きその実を月光に見る 大河原 マス美
車椅子のわが視野遮る防潮堤石組新しく網さへ干さず 浜 崎 達 美
諦めと気負ひが交錯する朝を窓離れまた窓に寄りゆく 小 川 謁 夫
自らの思ひを言ひし事ありや模倣餓鬼かと吾を悲しむ 小野田 勉
裏があるすべてに裏があると思へばこれもその一つなり 府 川 富 造
何をしてもちぐはぐになり進まざりき或るはづみの成行とも思へず 有 門 大三郎
梅雨のあめに濡れつつ通ふ築地の道芥川龍之介の生誕地あり 横 山 季 由
深くゑぐれ光の鈍くとどく谷暗澹として森はさわだつ 藤 田 信 宏
時は過ぎぬ平等の空間にいますかと妄想ひとつしばらくやまず 奥 山 善 昭
キリストの磔死と釈迦の寂滅と空の高きに冷たき月か 古 賀 多三郎
脚を嘆く言葉幾度か聞きたれど足のばし今花の中にやすらぐ 大 橋 栄 一
西遠く移る白雲の逡巡も今日の歓びのひとつなるべし 斎 藤 彰 詰
わが前に死がある如く春送り夏を迎へるに又心乱れる 内 海 俊 夫
現し世の生死身近に思ふとき昼かなかなの声しきりなり 若 林 栄 一
朝毎に見る夢は同じパターンにて海面に散らばり迫る敵艦 若 月 又次郎
川土手に連なる桜の太き幹黒く潤ませて降りしきる雨 森 下 廣
ふさぎゐて何話すらむ子は母に手を引かれつつ帰りゆきたり 松 本 東 亜
思い上りしと気付きしより清々し夕霧深き海のべ帰る 堀 康 子
高熱の中に一瞬死の意識よぎることあり夢にまじりて 新 村 登美男
生かさるる命も長からずといふ時の間かへす言葉を失ふ 相 葉 比嵯子
ガス工事に照り返す道を掘る人ら夕べ仕舞へば吾も安らぐ 岡 本 とみ子
沼に生れ沼の水のうへに終る風ときには葦の穂を乱しぬ 杉 本 明 子
ただ一人同意しくれし人を思ふと今宵の妻のさみしさを知る 奥 澤 秀 樹
本渡の町に住まひて兄の著しし天草四郎時貞考を読む 松 本 章 子
声なき影過ぎてはかなきを追ふ心時の間吾の潤ひか是 由 井 霞帆子
形なさぬこころのさまに苛立ちて照り静まれる道を見下ろす 石 川 和 子
京釜線の成歡駅まで歩きにし一日かけて二十二里を 増 田 安 次
かなしくも李の核を噛みゐたり吾をあざけり笑ふ幻聴 今 野 金 哉
腹の子をかばへる吾の身の幅にをさなは襖を開けて待ちをり 青 柳 知 里
太陽は熱線の束を放ちたり人は三界に隠るる処なし 八 木 和 子
ひと夜ひと日吹き荒るる風の岬にも白く直立ちエゾニュウ咲けり 佐 竹 玲 子
一丈の雪につぶされし家ありき冬眠のごとく春待ちし村 中 村 憲 雄
加速にも身体の浮くごと感覚も対応できる経験があり 桜 井 敏 幸
風葬とつぶやきながら荒海に茫然と立ち去りがたきもの 玲 はる名
出向先で産業振興への思ひ深まれど投融資部門に戻り得ざりき 神 山 卓 也
暑い街の熱を冷ますようにどしゃ降りの雨は夜の道路を跳ねる 小 杉 絵 美
主義主張いへざる人と蔑めば声のしだいに荒くなりゆく 木 戸 京 子
東京への憧れなどは弱かりきいつか帰ると思ひゐたりき 小 川 優 子
水底の青ただよえる中を歩むごとしも君に向かいてゆくは 井 上 佳 香
目覚めると闇夜の窓を音もなく照らすものあり影青白し 明 日 香
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