親鸞さんのあしあと 

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常陸の国
2005年 NHKの大河ドラマ『義経』 義経と同時代に生きた親鸞を思い、親鸞さんのあしあと『常陸の国』のページをつくりました。


称名寺
称名寺
結城家の菩提寺。右手に親鸞聖人の像があった。
本堂は工事のための仮設屋根が掛かっていた。
 
浄土真宗の名刹 新居山称名寺は鎌倉時代のはじめ頃、親鸞聖人の教えを信仰した結城家初代の武将朝光が聖人の高弟 真仏を開基として建立したもので、称名の寺号は朝光が出家して親鸞から賜わった法名によったものという。
真仏は常陸の豪族平国香の血をひく真壁城主平春時の出家後の名である。
寺には朝光から結城家四代までの墓と恵心僧都(源信)の『往生要集』を片仮名交じりにしたものがあり、親鸞の自筆で茨城県文化財に指定されている。 称名寺掲示板 
称名寺 秋
称名寺 秋
秋 2度目のお参り もうすぐ銀杏が色づきます。
称名寺 秋
称名寺 秋
親鸞聖人が安全作業を見守られておられました。 屋根瓦葺き替え中
07年9月再訪
07年9月再訪
工事もすっかり終わり静かなたたずまいを見せていました。 
玉日姫の墓
玉日姫の墓
称名寺がら北東に約1Km離れた所にあります。
玉日姫のお墓 (2)
玉日姫のお墓 (2)
玉日姫のお墓3
玉日姫のお墓3
結城城跡の西北、真岡街道の北側の林の中にあり、石の玉垣に囲まれた基壇(きだん)の中に大きな墓石(宝篋印塔・ほうきょういんとう)があります。
墓石の傍らには、島地黙雷(しまちもくらい)の撰文による玉日姫の略縁起の碑もあります。
 玉日姫は、関白九乗兼実の娘で親鸞の妻となりましたが、越後へ流される親鸞の後を追い、侍女の白川局と共に結城に来たものの、結城に留まり、親鸞の教えを広めることになり、建長6年(1254年)になくなりました。
 
玉日姫のお墓 秋
玉日姫のお墓 秋
紅葉を楽しみに訪れたら 大銀杏枯れそうになってほとんどの枝が切られていました。ところどころわずかに葉が見られる程度、ぜひ再生してほしいものである
長命寺
長命寺
二十四輩 第7番 西念房
 
開基・西念房はもと、八幡太郎源義家の子孫、井上貞親といった。父が合戦で亡くなったことに世の無常を感じ、当時越後の国分寺にいた親鸞聖人を訪ねて帰依し、西念と名のった。聖人が関東の地を訪れた時、井上家の領地が武蔵・野田にあったため、聖人から賜った聖徳太子像を安置して道場を建てたという。後、覚如上人が107歳になった西念房のもとを訪れ、聖人在世の頃の話を聞いて感激し、西念房の長寿にふさわしく寺号を「長命寺」とした。境内には、文化年間の再建にかかる見事な彫刻が施された太子堂(写真)がある。
●所在地/千葉県野田市上花輪1358
長命寺 太子堂 
長命寺 太子堂 
醤油や利根川を利用しての町の繁栄を感じさせらる見事な彫刻をほどこされた太子堂です。
お寺の周りはキッコウマン醤油の工場、倉庫、事務所などが取り巻いています。

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解説文は一部、東本願寺「しんらんさんめぐり」から引用しています。