私の故郷は、愛媛県新居浜市です。18歳まで住んでいました。昔「柳川掘割物語」という映画を観ました。九州福岡県柳川市の歴史と現在を撮った映画で、その出来の素晴らしさと、自分の町を勉強する気持ちを学びました。
我が故郷には、かつて別子銅山という江戸時代には、世界一の産出量を誇った銅山がありました。住友グループの発祥の地です。少しでも調べたり写真に撮れればと思っています。
 
 

愛媛県新居浜市の写真

新居浜市の歴史や景色を百景を目標に表現したい。
中央構造線によって生まれた四国山脈−法皇山脈−が町の南に屏風の様に屹立している。1400−1500m級の山である。この山脈には、西日本最高峰の石鎚山もある。この中で別子銅山が発見された。
 
 
東平
東平
1988年に撮影したものです。山深くある精錬所跡。私が小学校の頃父と登った時、この東平村はちょうど閉村になった時で、住宅も荒れ果てていた。黒い30センチのレコード盤があちらこちらに転がっていたのを覚えている。わが家にはそんなものがなかった。今は観光化して荒れ果てた姿はありません。まだ公園として整備される以前のものです。
銅山峰への道
銅山峰への道
この橋も今は綺麗になっています。1988年撮影。毎年1回は銅山峰に登るようにしてます。往復6−7時間かかります。最近は昔の面影を残す遺跡も無くなりつつあります。
遺跡
遺跡
麓から山道を1時間ぐらい登るとこの遺跡が見えてくる。煉瓦造りである。1988年撮影
鉄道跡
鉄道跡
端出場から新居浜の惣開まで鉄道で運んだ。今は線路は撤去されていて、一部は自転車専用道路になっている。コンクリートの側溝がまだ残っている。
煙突山
煙突山
1988年に撮影したものです。
 
東京上野の楠木正成の銅像について。
あの像は銅で出来ており、住友家が別子銅山開坑200年を記念して明治23年に奉献したものです。別子の銅で出来てます。完成は明治33年と私の調べではそうなってますが、まさか10年もかかったとは信じられない。新居浜の港または駅から運ばれた銅でしょう。高村光雲の作だったと思います。
確か5年ぐらい前に開抗300年になり、住友グループは新居浜に立派な銅敷屋根の図書館を寄付しました。なかなか立派です。私も数回利用しました。
ついでに、松本清張の「渡された場面」の話を以前しましたが、新居浜の市樹は「くすのき」です。なにからなにまで縁がありますね。
 
社宅長屋跡 取り壊される寸前
社宅長屋跡 取り壊される寸前
1988年撮影

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Last updated: 2002/9/11