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│ よか・BY・映画 │
│ オンザ・ゴールデンムービ│
│ーというゴールデンムービ│
│ー「黄昏」 │
「黄昏」なんていい題名だろう。直訳すれば「黄金の池で」とでもなるのだが、映画の内容からすれば「黄昏」という題名は実にマッチしており表彰ものである.映画史上にきらめき輝く名訳という賛辞を贈りたい。
八十歳になるノーマンと彼より少しだけ若いエルセの老夫婦が、休暇を過ごしに湖にやってくる。ノーマンは死というものに対して怯えを多少抱き、また物忘れも激しく、何をやらしても旨くやり遂げることが出来ない自分を情けなく思っている。それをごまかそうと他人に対して毒舌を吐く。彼の妻は、その毒舌を毒ともせず、軽くさらりと受け答える。
この妻に対してノーマンは強い愛情と信頼を沸き上がらせ、妻は彼の口の悪さにもかかわらず、その彼の愛情と信頼をしっかり受け止めて若々しく夫を支えていく。何十年という年月を過ごしてきた男と女の美しい信頼、絆を描いていて、私の心の中に心の中の結びつきというものの美しさ、喜びを訴えてきた。
私たちの社会の中では、票表面上うまくあわせているようで違っていたり、愛情のない鋭い批判を浴びせかけれられることがある。うそやごまかしでつき合いを続けなければならないことが多々ある。しかし、この映画の人々は言いたいことをズケズケとユーモアたっふりにさらりといい、ユーモアと信頼の中で心のふれあいをみせてくれる。もしできたらな、こんな会話を心おきなくしたいものだ。多少嫌みと言えることでも言えて受け答える余裕のある人間の幅を築いていたいものだ。
黄金の輝ける湖の美しさ。映画の導入部はその湖の姿をある時はアップで捉え、湖面を泳ぐつがいをみせ、水の中を体を伸ばしてぐんぐん進む水鳥の若々しい姿をみせ、また夕焼けに色づく湖面の輝きを俯瞰してみせる。人生の黄昏の美しさ、心を通じる読むこびを、それらを相乗させて、湖の美しさは私の心を映画の世界へひきこんでしまった。
この老夫婦のもとに娘が愛人とその連れ後をつれてやってくる。娘とノーマンはなぜかお互いうまく噛み合わない。娘はなんとかして父親の心を自分に向かわしたいと、愛情を得たいと思っているのだが、うまくできない、その思いを残しながら、子供を老夫婦に預け、自分たちは旅に出てしまう。この映画の見せ場は、この幼い子供と八十歳の老人のユーモアに富む会話と心が通じ合うまでのおもしろおかしい二人だけの漫才的なかねあいである。
その二人がノッポとちびの名コンビを確立した時、娘が帰ってくる。娘がこのちびのような行動を示して時、父親は素直に娘に心を開くことが出来た。夫婦、老人とちび、父親と娘、この三つの心の信頼ができたときに、この映画は終わる。
今までのアメリカ映画と全く異なる作品で驚いている。フリー・セックス、ホモ、レズ、離婚と人の心が安易に揺れ動く中で、しっかりした人間関係をかっちりと描いているのだ、。くっついては離れ、離れてはくっつき、それが当然のような現代で、持続した信頼感、心の底で支え合う喜びを、この映画は見せているのである。
最後にヘンリー・フォンダの演技は名演技であった。素晴らしいのひとこと。
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