映画の話

昔書いた映画の感想や最近観た映画の話など書いていきたい。
 
最近はめっきり映画を見に行かなくなりました。また映画との出逢いを増やしたい。映画館に足を運ぼう。
 
心の香り、バックドラフト
だいぶ昔見た映画ですが「変面」よりだいぶ前。
「心の香り」というやっぱし老人と子供の映画でしたがよかったですね。
「バックドラフト」は前に書いたような気がしますが、消防士をなめとんのか、
と言う感じの、感心しない映画でしたね、私には。消防車でセックスするは−−
更新日時:
2002.05.24 Fri.
海はみていた
シナリオが1800円で売られてますね。買おうかな−−原作は昨年読みました。娼婦の話だったと思います。周五郎のふたつの短編を一つにしてます。一つは人間の信頼と一つは裏切りの話ではなかったかと思っています。黒澤明にしては作風が思い切り違ってますが、本来黒澤は山本周五郎が好きなのですよね。「赤ひげ」「どてすかでん」「椿三十郎」など。「雨あがる」はどうでしたかね。周五郎でしたよね。周五郎は人情ものが多くて、特に短編は素晴らしいですね。若いときは黒澤も活劇風にしか映画を作れなかったのだろうが、年老いて、どうしても周五郎の世界を映画にしたかったのだろう。わかりますね、だんだん歳を重ねると周五郎や藤沢周平の世界がいいな−−って思いますね。
 
どうして「海はみていた」なんでしょうね。最後洪水のシーンがあるらしいが−
−黒澤なら「山」ですものね。「山は見ていた」じゃちと−−いかんですね。
「海は見ていた」母なる海−−人間を包み込む母なる海、そういう世界が描かれ居てるのだろうか−−。
 
ちょうど100の話になった、最初が「雨あがる」偶然でもうれしい、と1人で笑っている。
更新日時:
2002.05.23 Thu.
なごり雪
大分に出張。
今回は繁華街のビジネスホテルに泊まる。6時半くらいにチェックインした。腹
は大変減っていたのですが、この時間なら映画も観れるかもと思って、ホテルの人に映画館はどこにありますか、と聞いたら、トキワの隣の五番街にあるという、。雨の中を腹をすかしながら行ったら映画館がありました。時間をみるとスパイダーマンが既に20分前に始まっていたがいいや、と思った。が、いかんせん腹がへっていて−−隣のハンバーガーショップで何か買っていこうと注文している間に、カウンターに座っていたら、目の前に映画のチラシが。何の映画かなとお思ったら「なごり雪」。内容を読んだら舞台は大分県臼杵市。若い頃営業した地域でなつかしかったので、スパイダーマンを辞めてこれにしようと思い上映の場所はどこですか、と聞いたらローソンのと隣で歩いて1分。で飛び込んだら既に30分たっていた。いいや、臼杵ですから。内容の感想は言いません。臼杵の映画ですからね。でも−−−。とは思いますが。雪は九州にはむきましぇん。シナリオが−−−−。
更新日時:
2002.05.15 Wed.
ビューティフルマインド
「ビューティフルマインド」を見ました。
さして感動はしなかったですが、この題名の「ビューティフルマインド」という持ち主は、奥さんのことだと思いました。よくぞ離婚せずついて行ったというか、面倒見ましたね。珍しいアメリカ人のような気がします。実話というのが凄い。よくノーベル賞が取れたものだ。天才としかいいようがないですね
更新日時:
2002.05.12 Sun.
ブラックホーク・タウンとコラテラルダメージ
先月東京に行っていたときに有楽町の映画館で「ブラックホークダウン」という映画を見ました。あまりに気持ちが悪く、吐き気がしそうで途中で出ました。内容ははっきりわかりませんが、なんせ途中から出たので、ソマリアの民族対立の治安のために国連軍が出動していて、最後にアメリカ軍が残って、町中でその首謀者を捕まえに行く任務を与えられた。最初簡単な任務と思って、装備も手抜きで人数も少なく、出動したが、相手も準備していて、次ぎつぎとアメリカ兵が殺されていく。また応援に出動するのだが、その兵士も殺されていく。仲間を救いに我も我もと出かけていくのだが−−なんせ次々に悲惨に死んでいく。次ぎ次と死んでいく姿を見せられて、私は耐えられなかったですね。こんな映画を作らないと行けないのですかね。どういう理由で作ったのか?戦争は悲惨だという崇高な意図で作ったのか?アメリカ軍は地球の警察官として平和のために闘っている、殺されながら世界平和のために闘っているという意図なのか?アメリカ兵士の仲間意識、仲間を助けるという素晴らしい姿を見せようとしているのか?とにかくこんなに人が死ぬ映画は必要ない。人が死んでいくのを見ていて苦しくなりました。
 
「コラテラルダメージ」シュワルツネッガー主演の映画。コロンビアがえらい悪者になっていた。アメリカの恥部、やってきたこともちと描いてはいるが、これも殺し合いの映画、破壊の映画、こんな映画も作らなくて良い。なんの感想も沸きません。疲れました。
更新日時:
2002.05.06 Mon.
独裁者−チャップリン−
今日はヒットラーの誕生日
インターネットから検索しました、チャップリンとヒットラーは同じ年齢で誕生
日は4日しか違いません。
 
時は昭和7年5月15日。戦前日本の政党政治の息の根を止めました五・一五事件の起こりましたその日、内閣総理大臣犬飼毅と共に、喜劇王チャップリンもその暗殺の標的になっていたのでした。
チャーリーはこの後、両国国技館から官邸へ向かい、血だらけになった犬飼毅の
部屋を訪れ、目の前で夫を父を殺された家族たちの嘆きを目のあたりにいたします。それが貧しい農村出身のテロリストたちの所業であったことを聞いても、チャーリーは暗澹たる気持ちになりました。「なぜ人間は? 人の不幸によって幸せになれるなどと考えのか?」。そして、ドイツにはあのヒットラー率いるナチスが台頭し、周辺の国に進行を始めました。運命の皮肉か、ヒトラーはチャーリーと同じ年、同じ月の生まれ。しかもトレードマークはチョビ髭…。第一次大戦は偶然起こったが第2次大戦はヒトラー個人が引き起こしたとも言われております。この、自分と全く反対の場所にいる人物と、チャーリーは自分の映画で対決できないかと考えるようになりました。やがて、ヒトラーが故郷ロンドンに 爆撃を加えるに至り、その思いは頂点に達しました。            
 
そして日独伊三国同盟の成りました1940年の10月、公開された『独裁者』
は大変な反響を呼びました。当時アメリカはまだドイツと交戦していず、しかも、ヒットラーの国家主義に影響をうけたナチス党員がアメリカ中にいたという大変な時代でした。外交上の問題があると、ルーズベルト大統領にまで釘をさされたチャップリンでしたが自分の作品には絶対の自身をもっていました。
開けて昭和16年の1月、米国愛国婦人会の招きにより、この独裁者のラストシーンを講演してくれということになったのです。ところが会場に到着したチャーリーに大変な知らが届きました。       
「ども、ご苦労さまです。実は…今日の講演会場に、かなりのナチス党員が何人か紛れ込んでいるらしいのですが…」        
「え? 冗談じゃない。今日はヒトラーを攻撃する講演なんですよ。じゃあ、も
し講演中に妙な動きをする奴があったら、すぐにつまみ出してくれるんだろう
ね?」       
「いや、何分、生放送ですし…。あ、時間がないんで、よろしくお願いします」
チャーリーは驚き、おののき、講演は中止にしようかとも考えましたが、会場のほとんどが、ただ講演を楽しみにして来たお客さまだ。芸人として後には引けません。チャーリーは、まさに、あの独裁者の床屋さながらに、一歩、一歩講演会の壇上に進んでゆきました。              
 
「えー、お集まりの皆様こんばんわ。本日は米国愛国婦人会のお招きによりまして、私の新作映画『独裁者』のラストを講演せよとのことで…。いやなに、映画の方は喜劇ですから楽に見ていただいて、ちょっとマジメなところをガマンしていただければ結構なので…。しかし、あの、チョビ髭の旦那は、何を考えてるんですかね。特にあの、ハイルッてやつ。あの格好を見ると私はあの上に汚れた皿をド ーンと置いてやりたくなるんですがね…」  
会場は笑いに包まれましたが、中に何人かシカメ面をしている連中がおりました。そしてそれ連中は、ワザと大声で咳をしたり、上着のポケットに手を突っ込んで見せたりしました。                   
チャーリーの脳裏に、あの、日本で見た犬飼毅の血だらけの部屋が浮かび、緊張して、講演を2分間中断し、水を酌んできてもらうよう頼みました。     
誰も彼もが自分の方にピストルを向けているように見える…しかし、チャーリーは目の前の一杯の水を呑み干すと、講演を続けました。           
「ええ…あの、私の映画は、もうご覧いただけましたでしょうね? まだの方は
表にカボチャの馬車が待っておりますのですぐに映画館へお運びいただきたいのですが…。映画のストーリーはこうです。まず、舞台はトメニアという架空の国。そこには、例のチョビ髭のヒンケルという独裁者がいる。ところが、その国のユダヤ人街に済む善良な床屋や、この独裁者にウリ二つという設定で…。収容所に入れられてしまった床屋は友人のシュルツと共にそこを脱走いたします。その 時たまたま近くに来ていた独裁者ヒンケルとヒョンなことから入れ代わってしまい。間違われたまま、隣のオーストリッチへ進行することとなります。 
オーストリッチへやってきますと、独裁者を迎える何十万という熱狂的な群衆が待っている。壇上では、宣伝相のガビッチが叫びます            
『この国は今日から我等が総統のものとなった。ユダヤ人はすべての権利を剥奪される。総統は必ず我等を導いてくださる。聞くがよ い。やがて世界の王となられるヒンケル総統 のお言葉を』。              
隣にいるシュルツは床屋に『何か話せ』『とてもムリです』『話すんだ、それが
唯一 の希望だ』『希望…』希望という言葉に促され、床屋はゆっくりと大群衆
の待つ壇上へ上がります。                
直立不動で待つガビッチの前に来た床屋は帽子を脱いでゆっくりとお辞儀をし、マイクの前に立ちます。           
『折角ですが、私は王様にはなりたくありま せん。とてもそんな柄じゃないん
です。ただ、できれば国や宗教の違いを超えて人の役に立 てればと思っております。私たちは、本来そう思っているはずです。人の不幸ではなく幸せのために働きたいと思 っているはずです。そして、世界には私たち みんなが楽しく生きていけるだけの余裕があるはずのものなのです。         
人生はもともと自由で美しいもののてはずなのに、私たちはそれを忘れてしまった。そして欲望や憎しみに毒されて、バカげた戦争を繰り返しています。科学は自分の世界を広げることよりむしろ、どんどん独り善がりになるために使われています。生活を豊かにするはずの機械が、逆にわたしたちを貧しくています。情報は私たちの心を冷し、いつでもただ正しい答えだけを出すように求められています。私たちに必要なのは、まず何よりも 人を思いやる心です。それがなければ、人生には何も、何も残らないでしょう。飛行機や通信機はわたしたちの距離を縮め ました。たとえば、今この瞬間にも私の声はラジオを通じて、世界中の何百万という人々 に届いているはずです。罪もなく苦しみ、牢 屋に入れられ、拷問を受け、苦しんでいる人 たちの耳にも届いていることでしょう。  
皆さん。『いかような苦しみの時にも決して希望を捨ててはいけません』独裁者はいつ かかならず滅び、私たちの望みの叶う日が来るでしょう。     
兵士諸君! 君たちが何を考えるべきか、感じるべきか、全てを押しつけようとするケダモノたちの思うままになってはいけない。彼らは君たちから自由を奪い、
生活を奪い、家畜のようにあつかって、結局大砲の的にす るだけです。  
自分が人間であることを捨ててはいけません。独裁者は機械に魂を売り渡した機械人間です! でも、あなた方は機械じゃない、牛や馬でもない! 人間です! 人を思いやる心を持った人間なのです! 愛を知らぬ人間、愛されたことを忘れた不幸な人間だけが憎しみに囚われ続けるのです。        
兵士諸君! 独裁者の奴隷になるな! 彼らのためではなく、我々自身のために力を使 おう。人間には力があるのです。自由に生きる力、機械を作り出す力、人を幸福にする力…。それらをひとつに集めて、新しい時代を作りだすために戦おうじゃありませんか。すべての人に働くチャンスを与え、若者には未来を与え、老人には安心を与える真っ当な新しい世界を作り出すために、みんなで戦おうではありませんか。         
ヒットラーもムッソリーニも似たような約束をして権力を手入れた、だが、それは嘘だ! 彼らは他人を犠牲にして自分たちだけが自由になろうとするのです。本当の自由のために戦いましょう。欲望や 憎しみに囚われず、文明の進歩が我々すべてを幸せにしてくれる自由のために戦いましょ う。そのためにこそ、我々は力を合わせましょう!』                 
 
会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。その歓声にまぎれてナチス党員たちの姿は見えなくなりました。一体何がチャーリーにここまでの勇気を与えたのでしょう。それは、映画でこの後に続 くセリフ。床屋は、たった一人の恋人、ハンナに向かって呼びかけ続けます。     
『ハンナ、この声が聞こえますか? どこにいようと、希望を持って、空を見上げて!見てごらんよ、ハンナ! 雲が切れた! 光が射してきた! 人類は、暗い闇の時代を乗り越えたんだ…』この、ハンナこそは、チャーリーに人生の素晴らしさを教えた、母ハンナの名前だったのでございます。    
「お母さん、聞こえていますか? 今私はここで殺されてしまうかも知れない。
いや、ヒットラーが世界を征服すれば、こんな映画を作った自分は間違いなく死刑になるでしょう。でも、あなたに教えられた通り、自分は『この世の運命を全う』せずにはおれないのです。そして、もし、命を落とすことがあったら、その時は、また天国で一緒に暮らしましょう …」。              
この演説が世界の平和に寄与したこと、いかばかりであったでしょうか。   
やがて戦争は終わり、ヒットラーは自殺を しますが、チャップリンも、この演
説が反ア メリカ的であったという理由で追放されてしまいます。      
しかし、1972年、アメリカは間違いを 直しアカデミー特別賞を送ります。
更新日時:
2002.04.20 Sat.
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Last updated: 2002/11/4

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