黒澤明



 7    3/23
更新日時:
2002.04.13 Sat.
米国総領事ハリスの小間使い・唐人お吉、川に身投げし絶命(1890)
中国帰還第一船、舞鶴港着( 1953)
ファミコン発売以来約3年半で1000万台突破。(1987)
世界気象デー(世界気象機関、気象庁tel.03-3212-8341)
世界気象機関(WMO)条約が発効されたのが、1951年のこの日。WMOは、世
界的な気象協同観測や気象資料などの交換組織。発足10周年を記念して〈世界気
象デー〉と制定。
 
本日の誕生日
黒澤明(映画監督・1910)、川上哲治(野球・1920)

 8    まあだだよ
更新日時:
2001.09.30 Sun.
黒澤明監督最後の作品ですね。確か82歳の時の作品だった気がします。2回ほど見ましたがさっぱりわからない映画でした。黒澤ファンとしては、見るのも苦しくなるほどの作品でした。悪く言えば黒澤衰えたり−もう十分お年寄りで映画作ること自体が凄いことなのですが−。さっぱりこの映画のよさが私にはわからないのです。
 以前大林宣彦監督の「まあだだよ」の講演を聴いたことがあります。かれはしきりに「今よさがわからないのなら、黒澤監督と同じとしになったら必ずこの映画のよさがわかる」と言っていました。当時大林監督が何歳だったのか、50歳ぐらいだったような気がしますが、彼は彼なりにその歳で、この映画の良さをわかっていたのだろう。淀川さんも黒澤より1歳年下で、この映画のよさを理解できる年齢だったのだろうと、私は思っています。私は、さっぱりわかりません。
 80歳まで長生きして、一度見てみたいとは思っています。教師と教え子の話でしたよね。
 黒澤監督にしては、珍しく部屋の中のシーンが多い映画でした。山田洋次監督が、黒澤さんは野外ロケの多い人だから、松竹映画のような部屋のシーンの多い映画は苦労されるのでは−−と言ってましたが−−。
 私は「夢」は大好きです。この映画も結構わからないということが多いのですが、大好きです。淀川さんは、最初のキツネの嫁入りを絶賛してましたね。美というものを描こうとする黒澤の意欲作です。
 

 9    羅生門
更新日時:
2001.06.21 Thu.
「羅生門」のことを思い出す。
「本当のことが言えねえのが人間さ−−人間って奴あ、自分自身にさえ白状しねえことがたくさんあら」
「そうかも知れぬ−−しかし、人間は弱いからそうなるのだ−−弱いから嘘もつく−−おのれさえ偽る」
「人間がそんなに罪深いものだと考えたくない」
「一体正しい人間なんかいるのかね−−みんな自分でそう思っているだけじゃねえのか−−−」
「人間って奴は、自分の悪いことは忘れちまって、都合のいい嘘を本当だと思いこめるようにできてるらしいぜ−−そのほうが楽だからね−−」
「人間のすることなんざ全く訳がわからなねえって話さ」
「誰も彼も、みんな手前のことばかりだ。手前勝手な言い訳ばかりだ」
 
ラストのセリフがいいですね。
このセリフがこの映画の命です。
調べてください

 10    七人侍
更新日時:
2001.04.10 Tue.
黒沢明監督「七人の侍」の最後の一人、千秋実氏が亡くなった。私は昔、全国映画鑑賞団体の総会で、前年の俳優賞かなんかの受賞者として彼が来ていて、もう満足に歩けなかったが、実物を見て感激したものです。
 
私の人生で一番見た映画と言われると、この「七人の侍」になる。15回−20回はみました。どこがそんなに良いのかと言われても−−とにかく感動してしまったのです。
映像がとてもいいですね。志村喬の勘兵衛役も菊千代の三船も好きです。音楽もいいいです。
 
この映画の場面で2カ所とても好きな、映画史上忘れることが出来ない、感動のシーンがあるのです。この場面を見るだけで幸せになってしまう。
 
「野武せりだ−−」と百姓が騒ぎ初めて、水車小屋から侍が颯爽と駆け出す場面。音楽が、それはそれは素晴らしい音楽が高らかに鳴り渡る。百姓が植えた麦畑、麦の穂が画面の手前を占領してます。その麦の穂の先端を右から左へ刀をぐっと腰に構えて、カール・ルイスのようなスピードで、ぐっと腰を入れて、駆け抜ける。たまらん。
 
もうひとつ、村人と侍が村の中央に集まります。川向こうの家は守れない、焼き払うしかない、と志村は村人に話します。しかし、川向こうの村人は、「ばかばかしい、自分の家を燃やして他人の家を守れるか」と言って、自分たちの家は自分たちで守ると、出ていこうとする。その時。志村が刀を抜いて、そのわがままな村人を追いかけるのです。このシーンの音楽がまたいい。「他人を守ってこそ自分も守れる。戦とはそういうものだ。今後守れないやつは−−」と言って刀を納める。砂煙が百姓とった侍を包み込む。このシーンもたまらん。
 
そのほかいいシーン、感動の映像というものが無数にあります。たまらん。
 
今日の週刊朝日の似顔絵教室に、侍の一人宮口精二の似顔絵が、七人の侍のシー
ンで描かれていました。この似顔絵が素晴らしい。書いた人も74歳というおじいちゃんで感動しました。

 11    羅生門
更新日時:
2001.04.09 Mon.
黒澤明「羅生門」はどうでしたか。
おじちゃんの一番好きな監督は黒澤明なのです。
おじちゃんも20歳の時この映画を映画館で見ました。
さっぱりわからない映画でした。
しかし、25歳くらいの時、社会人になってみたら、もの凄くよかったです。
学生の時はこの映画はわかりませんでした。
 
4つの話があります。勝手な人間の言い分が描かれていますが、ラストの話が素晴らしくいいですね。巨大な羅生門に雨が降り刺さる。激しく大粒の雨が降ります。ファーストシーンは映画史上とても有名なシーンなのです。木こりが森の中を歩く。ボレロの音楽が静かに不気味に音を奏で盛り上げますね。カメラは木こりを上から下からいろんな角度で歩く姿をとらえていきます。木々の葉っぱの間から木漏れ日が森の中に差し込んでいきます。世界で初めて太陽に向かってカメラを向けたという、有名な映像なのです。
 
おじちゃんが20歳の時、黒澤明の「生きる」というのを見ました。これは凄い映画です。20歳までに、明日でも良いです。是非見てください。
 
日本映画の最高峰は黒澤監督の「七人の侍」とは誰もが言っていることです。これもおすすめです。おじちゃんは10回以上みました。
 
是非おすすめします。感想聞かせてください。
 
明日黒澤監督の「隠し砦の三悪人」という映画を映画館に見に行く予定です。これも面白い。スターウォーズのロボット2台おりますね。あれはこの映画からまねてます。この映画も面白い。
 

 12    評伝黒澤明
更新日時:
2001.04.05 Thu.
黒澤の助監督だった堀川弘通が毎日新聞から「評伝黒澤明」という本を出している。読んでみたがさほど目新しい話はないし引用が多くて読み応えはさほど無い。
 
 
「トラトラトラ」時の黒澤はやっぱし精神的に異常だったらしい。私自身は、なぜ黒澤が真珠湾攻撃の「トラトラトラ」を引き受けたのか。わからないのだが。どんな製作意図が黒澤にあったのだろう。なんか納得できないのだが。黒澤は米国進出を考えていた。「暴走機関車」も作りたかった。その延長と
して引き受けたのかもしれない。
 
あの「七人の侍」を作った天才監督が仕事に行き詰まり自殺未遂をするなんて考えられないのだが。トラトラトラの時には、ある人は「我々スタッフも、これ以上はクロさんのおもりは出来ない。ちゃんと医者に診、家族を呼ぶように」と言うぐらいの状態だ
ったらしい。息子の久雄と妻も来たという。
 
人間誰でもそういうことになりうるのですね。
 
まああといつも思ってはいるが、黒澤を映画の道に導いたのは、新聞広告の求人欄だったと言うことだ。もしその欄に目がいかなかったら−−−映画監督黒澤は生まれなかった。運命だったのだろう。いろんなところにいろんな物が転がっていると言うことだろう。
 
東京オリンピックの映画は、最初黒澤が撮る予定だったが、結局降りてしまった。黒澤のドキュメント映画なんてどんな映画が出来ていたのだろう。作らなかったからよかったか、残念か−−−。


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