「梅原猛の授業 仏教」というのを読んでます。なかなか面白い。真言宗の中学校に行って仏教について中学生に講義した内容の本です。NHKの「こんにちは先輩 課外授業」の話はなんべんもしましたが、あれは小学生に有名人が、自分の得意な分野の授業をするという番組です。なかなか小学生に教えるのは難しいですが、みんなとても素敵な授業をしてますね。いつも感心してます。自分なら−−とてもでやしない。
仏教、東洋的な考え。対するはキリスト教的考え。その違いや今の日本人の荒廃した社会現象など仏教を軸にお話しされてます。分析がとても面白い。以前聖徳太子のことを書きましたが−−こんなことがこの本にも書かれている。
日本の古来の神道では、えらい人を神に祀るということはありえないんです。神
に祀る人はみな、世の中を恨んで死んだ人、高いくらいにつきながら流されたり
殺されたりして世の中を恨んでいるひとが神様に祀られている。それは彼らが怨霊だからです。世の中を恨んでたたりをするから、その魂を鎮めるために祀られて居るんです。−−えらい人を祀るのは常識と思っていたが−−高橋
明治時代にできた平安神宮は桓武天皇が祀られている。桓武天皇は京都へ都を移した大恩人です、。だけど桓武天皇が祀られたことは、それ以前にはなかったんです。桓武天皇の弟に早良皇太子という人が居て、皇位継承のトラブルで桓武天皇に殺された。桓武天皇は祀られずに、殺された早良皇子が祀られた。御霊神社です。祇園祭りも、怨霊の鎮魂です。−法隆寺も太宰府も、怨霊のための神社−歴代の怨霊になつた皇族や貴族がたたりをなして疫病を広げる。その怨霊を鎮めるために八坂の祇園者を作って、怨霊の親分であるスサオノミコトを祀って、そのスサオノミコトの霊によって怨霊のたたりを鎮めようとした。祇園祭は怨霊を鎮める祭りです。巡行する山鉾は霊を払うためのものです。山はそういうたたりの霊が祀られるお墓ですね。以前は祇園祭は山が出て、一週間ごに鉾がでた。怨霊が出て、それが鉾によって鎮められたことを示す。ところが、明治以降、神道がおかしくなって天皇そのものを崇拝するようになった。そして、国のために死んだものだけを靖国に祀る。戦争を始めた東郷さんまで祀る。これは日本の神道の精神と違う。中国や朝鮮の被害を受けた人を祀るのが日本の神道の精神ですが、靖国は違う。
明治以降天皇教というものがつくられて、仏教は排除されて、仏教の精神を江戸の寺子屋のように学ばなくなった。彼の言うには、戦後も政教分離ということで、道徳の基盤である宗教−仏教の教え−が教えられずに来てしまって、今の荒廃した日本人、なんでもやってしまう日本人ができあがってしまった。
何がいいことで悪いことか、そういう教育は無かったですね。
キリスト的考えと仏教的考えはまた後日。
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