昨日紹介した「隠された十字架−法隆寺論」梅原猛を読了。前から読みたかった本ですが、挫折してまして、今回思い切って読む。古事記や日本書紀などが一杯出てきて、ちと玄人の世界の話ですが、私は推理小説として読みました。修学旅行で行く法隆寺。聖徳太子のお寺というのは知っていたのだが−−。このお寺にはいくつか不思議があるのだそうな。それを追求していくと梅原はある結論に達した。誰が何のためにいつ建てたか。
再建した再建していないという論争は明治時代から学者の中であったようだが、昭和になって若草伽藍の発掘によって、再建は決定的になったようだ。最初は聖徳太子が仏教興隆のために建てた寺と言われていたが、再建した法隆寺は、太子ゆかりのひとびとが太子の徳をたたえるために建てた寺である、と再建論者は考えるようになった。しかし、と梅原は考えている。太子の一族25人は子供も含めて今の法隆寺のある場所で死んだ。自殺したか殺されたかはわからない。
で今まで昔から神になるのは不幸な死に方をした人のみが神に祭られてきた。菅原道真、崇徳上皇、後醍醐天皇などは、いずれも恨みをもって死んでいった。日本人にとって最大の神は、「たたり神」であった。「たたり神」こそもっともおそろしい、もっとも大切に祭られなければならない神であった。たたりを防ぐため、霊を静めるために祭った。「日本書紀」「古事記」は藤原家の安泰のために巧妙に書かれていると梅原は推測する。惨殺者藤原家の不幸は太子の怨霊による事件であり、そのために、怨霊を静めるために法隆寺を建てたというのが、彼の意見である。難しいけど彼の分析はなかなか説得力がある。
昔夢殿は太子が思索した場所、学問を場所とか習ったような気もするが、建てられたのは、太子の死後らしい。そこにあった救世観音は秘仏とされ1200年間も誰も見なかった仏像だという。明治17年日本政府の公文によりフェノロサが、法隆寺で始めて見た。天変地異が起こると信じられていた。包帯でぐるぐる巻にされ、しかも光背が仏の頭に釘で打ち付けられている異様な仏像だという。まさに太子の怨霊が出てこないように釘で頭を打ち付けていると梅原は説明してます。
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
太子が自分の一族を殺された寺、太子は怒っている、恨んでいる。それを静めるために藤原一族が祟らないように建てた法隆寺。
やすらかにお眠り下さい、太子様、と柿を食いながら思索するしかない。
「ものごとを常識ではなく、理性でもって判断すること」と読者に要求してます。
常識と思われていることが常識でないかも知れない。
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