つれづれなる雑文
日々思ったこと、気づいたことを雑然と書きます。

今日こんな発見があった。こんなことを考えた。
 

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H14年5月23日(木)
鯨の肉
今日友だちと夜食事のため居酒屋に入ったら、鯨の肉が刺身であったので食べてみる。もう20何年ぶりです。昔冷凍の鯨の赤身はうまかったな−−という記憶があったのだが、味がなかった、おいしいとも思わなかった。牛の肉でもよさそうという感じがありましたが−−。中学生の時、鯨の揚げ物が好きでよく母にねだったものですが−−。
狂牛病と鯨
将来狂牛病がもっとはやって牛の肉が食べれなくなったら、鯨の肉を食べざるを
得ないかも知れない。西洋人は鯨の肉は食べれないので飢えて死ぬかも知れない。魚民族の日本人は、鯨の肉に抵抗なく生きていけるかも知れない。西洋人たちよ、しらねーぞ、とはいいません。そうならないよう変な病気は壊滅して欲しい。
H14年5月21日(火)
国際捕鯨委員会が5/20−5/24まで下関で行われる。で、鯨を食べようという企画が催されていたが−−以前にも書きましたが−−私は以前は鯨食べたらどうしていかんのじゃ、その国その国の食文化は大切にしてもよかろうに、鯨は増えていると言うし、鯨を適当に食べないと、世界の魚が鯨に食べられてしまう、という逆現象も起きるらしい、てなこと思っていました。
しかし、昨日の新聞にもある日本人が書いてましたが、いまなぜ鯨を食べなくてはいけなのか−−というとです。確かに江戸時代沿岸捕鯨はされていた。日本人はその頃から鯨を食べていたが、本当に大量に食べ出したのは、戦後の貧しいとき肉が高くて、肉の代替として食べていたようです。
現在鯨より肉が安い、若い人、もう私もですが鯨の味を忘れつつある。もっと穫れば安くはなるのだろう。しかし、世界からやんや言われながら、今なぜ鯨を食べなければならないのでしょうか。義務で食べるわけではないが。もう鯨は捕りません、と言ってもいいのではと言う気もします。肉を大量に食べだしのも元はと言えば、西洋社会の影響ですが−−
H14年5月18日(土)
未来の組織
先週NHKで「未来の組織」というのをしていました。どういう組織が儲かるか、成功するかという内容でした。今まではピラミッド型でトップダウンが多かった。しかし、最近見直されていると言うことでした。ピラミッド型の典型が軍隊だった。今はそれだと決断まで時間がかかる。この間書いた映画「ブラックホーク・ダウン」の失敗、ソマリアの時のアメリカ軍の失敗から、アメリカ軍は組織の改革に取り組み始めた。上官の判断を待っている間に、アメリカ兵士が次ぎ次と死んでいく。報告して命令が帰ってくるまでの時間の間に死んでいく。これでは急に判断が必要なとき、対応できない。各兵士が自分の判断で行動する必要がある時代になってきた。
儲かる企業−資本主義の宿命で儲からないといけない−の組織とは−−。トップダウンでなく、末端の社員がいろいろアイデアを出し合いながら、専門の部署を越えて、新しいものにチャレンジしていく。上のいうことを聞いてするというのではなく、自分から創造して仕事をしていく時代。それだけ個人が試される時代になる。「カイゼン」のという日本のシステムもそういう意味では、素晴らしかったはずなのに、今「カイゼン」が出来ない企業が日本では増えている気がする。
一番感じたのは、そういう組織の中にいる人たちが、アイデアを出し合う。自分だけのものとしてでなく−−。組織にいると、あいつには教えたくない、とか、段々年とってくると、そういう雰囲気が営業などしていると出てくるときがありますね。それでは組織が大きくならない。今メールという武器があるのだから−−それを使えばどんどん広がる。自分だけのものにするより、人に語り出し合って「人から認めて貰う、尊敬して貰う」ほうに価値を見いだす人間になったほうがよいと発展している企業のある人は言ってました。自分だけが成功して評価をもらいお金をもらいという考えもあるでしょうね。リナックスのあの人、ビルゲイツのようになれたかもしれないのに、自分の発明
を公表して、今は全世界の人が使い始めていますね。
しかし、素直にそういう意見を出し合う、また、出し合うことを認め合うと言う雰囲気も大切でしょうね。「また、へんな事書いている」「また、売名行為のようなことをしている」とか、こんな悪意の人が多いと困りますね。
H14年5月17日(金)
狂牛病
昨日中山さん含めて3人で餃子を8人分食ったら、おなかがぱんぱんで、苦しい。
歳も歳なのだから、相応というものがある。思考回路が停止しましたね。
北海道の狂牛病で確か4頭目が2週間前ぐらいに発見されましたよね。その病気を見過ごしたという責任で29歳の若い女性の獣医さんが自殺されてました。悲しい事件です。適切な検査、報告をしていたらしいが−−。動物が好きな人だったのだろうと思う。29歳の女性の人ですからね。
プロだから見過ごしや間違いは許せない、ということもあるかもしれないが、誰もが仕事でミスをしますからね。医者もミスをするだろうと思います。神様でないのですからね。確かにそれで命が−−遺族の気持ちもわかりますけどね。許されないのだろうか。
H14年5月16日(木)
さぶ
大分の映画館で映画をみて、ホテルの部屋に帰ってテレビをつけたら、山本周五郎の「さぷ」をやっていた。もう20年ぐらい前に読んだ本で内容は全然覚えていません。で最後のシーンでした。江戸の橋の上で女の子がたたずんでいるのですが、そのバックミュージックが唖然。江戸の話。
サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」この曲は私は大好きなのですが、江戸の話でやめてくれ。英語の曲はやめてくれ。江戸の話に似合わない。
数年前は私の年代の曲、歌が結構はやりました。「鉄人28号」「巨人の星」「森田童子」ちょうど私の年代45歳過ぎ前後の人たちが、仕事の中枢にいます。その人たちが過ごした、幼い頃のアニメ、青春時代の歌などが結構リバイバルで復活してました。たぶん「さぶ」のプロデューサーも私と同じ年代なのだろう。
でやりすぎでござる。あと数年すると次の世代が、文化の主役になるだろう。そうなるときっと次のはやりの歌、山口ももえやピンクレディなどの歌が再復活するのだろう
H14年5月15日(水)
野上弥生子と臼杵
私は作家野上弥生子の本は読んだことがありません。数年前「秀吉と利休」という映画があったそうですが、三国廉太郎主演で。その原作です。彼女は臼杵出身で文化勲章を得ています。同郷の野上氏と結婚して、漱石に認められてから作家活動を始めたらしい。
私は、高齢でなくなった恋激しい作家と勘違いしたのですが、誰でしたかね、女性の超高齢の作家で激しい恋の作家。
 
H14年5月13日(月)
いい話
もう寝ないといけないのだがあと1本ビール飲んで寝よう。今日昼飯時に食堂で週刊誌を読みながらめしを食ったら、いい話が載っていた。数学者のピーター・フィンクルだったけって、あのハンガリー生まれで早稲田大学で教えている大道芸人の人。語学も6カ国ぐらい話す人。
彼が小さいときお父さんがいろいろ物語を作って話してくれたんだって。
父親のフクロウと息子のフクロウが話していた。「人間は何歳までが若くて、何歳から歳をとっているの」「若いか歳をとっているかは年齢ではないのだよ」私も最近段々歳をとるということがわかってきた。父母が老いる。「人間には過去の経験や思い出がある。同じように夢や希望や計画がある。両方を天秤にかけて、過去の経験や思い出に重きをおけば歳をとるし、夢や希望や計画があれば若い」
だんだん過去のことが思い出されるし、夢も小さくなってきたし−−
 
同じ話が先日のある主婦の投書に載っていた。夏樹静子さん−推理作家−がこんなことを書いていたそうな。自分はアヒルだと思っている。とても白鳥にはなれない。白鳥のようには飛べない。でもいつかはアヒルの自分でも白鳥のように飛びたいといつも思っている。歳をとってもその気持ちを持ち続けたい。
 
H14年5月12日(日)
鶏の贈り物
昨日朝テレビをつけたら、女子高校生の号泣の場面に出くわした。どうも農業高校で、卵から育てた自分の鶏の首をはねて殺して、食べるということらしい。女子高校生は、かわいいひよこの時から育てたものだから、それを自分が殺して食べるということに耐えきれなかったのだろう。明日殺すと言うことで、号泣し学校を休むという。で翌日はみんな登校してきていた。それでもいざ包丁を首に当てて殺し方を先生が教え出すと、それはそれは泣いて泣いて、泣き叫ぶ。凄い場面でしたね。私でも殺せるかなと思う。でそれを水炊きにして食べる頃には、女子生徒も落ち着いて、おいしいといって平静になり食べてました。その笑顔が素晴らしかったですね。
先生は「いただく」ということを言ってました。命を頂く。にわとりの尊いいのちを頂いている、ということ。それを食べさせて頂いているという気持ち。いい番組でした。

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