つれづれなる雑文
日々思ったこと、気づいたことを雑然と書きます。

今日こんな発見があった。こんなことを考えた。
 

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H14年10月29日(火)
サイン
映画「サイン」で日本語が出てきたのに驚きましたね。料理で、鶏のテリヤキ、このテリヤキを外人が映画の中で、そのまま「テリヤキ」って言ってましたね。あちらでも普及しているのだろう。
 
H14年10月24日(木)
運命の足跡
五木寛之の「運命の足跡」って本、前に書きました。
終戦当時ハルピンにいた五木一家に−−ロシア兵が家に乗り込んできて−−。五木寛之はいままでその事実を書けなかった。この間の日曜日彼がテレビに出てましたね。、この本の中でも書いていますが、お母さんが「もういいよ、書いてもいいよ、ロシア兵も許しても良いよ」って声に押されて−−と、読者の声にも背中を押されたと言ってましたね。読者が五木さん、書いて下さい、と背中を押されたから書けた。若いときは、どうだ、こんな作品が書けたんだぞ、読んでください、って気持ち。悪く言えば傲慢。よくいえば自信。でも、今回は、そういう気持ちが無くて、逆に読者から背中を押されたと言われてましたね。年の功か−−老いると言うことは、そういう心にもなれるのかもしれない。
H14年10月23日(水)
鰯激減
前に書いた鰯激減の話し、NHKでしてましたね、今日。
鰯は60−70年の周期で獲れたり獲れなかったりする。次ぎの豊漁期は202
0年くらいだそうな。私は魚は買わないのですが、鰯は今はアジより高くかつて
の10倍もする高級魚になっているんだってね。かつて鰯の漁獲高が多かった境
港はいまは鰯が捕れなくなって、妖怪の「ゲゲゲの鬼太郎」で村おこしをしない
とならなくなった。かつて漁獲高で人間の食べるのは1%で60%は家畜の餌、
20%かなんとかが養殖用の餌。その加工工場も冷凍倉庫会社も今は廃れてしま
った、という。
 
で今少ないといいながら鰯を捕りまくってたら、2020年の時にそのつけが来
るかも知れない、と言ってましたね。
魚種交代、太平洋側と日本海では違うらしいが、鰯がいなくなったら、それを待
つようにサンマやサバが増えて、海の王者の世代交代があるらしい。
自然って不思議だ。
H14年10月20日(日)
2.9999999999
なぞなぞ
限りなく数字の3に近い職業はなんですか。
2.9999999999999999
肉屋さんではありません。
昨日の私のメールがヒントです。
保母さん。
ほぼ3。およそ3
このなぞなぞも保母さんという日本語が消えたら、無くなる。
憎たらしいね、お上の政策は。
 
H14年10月19日(土)
介護
男女平等、看護婦も看護士の区別を無くするために看護師と今後呼ぶという。
保母さんと保父さんはどうなのだろう。保師さんなのだろうか。なんでも男女平等。
若い青年の看護士さんが、おばあちゃんのパンツの着替えやおしっこの確認でお
尻やパンツをさわるはどうかとも思うが−−病人と仕事だからそんなことは気に
したらいかんとは思うが、もう少し尊厳というものを大事にしたら−−−。
若者から「おしっこは−−」とか言われたら−−。そういう仕事は女性の看護士さんがしたほうがいいのでは、と思うが。まあ、今までが逆でしたからね、私自身も慣れてないのかも知れない。私が以前入院していたとき、25歳ぐらいの看護婦さんが、50歳くらいの男性に向かって、「背中ふきますから、はい、服脱いでね」って小学生に言うようにしてたのをみて、私は唖然としたが−−。若い青年におしっこの確認をされるおばあちゃんもかわいそうだ。病人には贅沢は敵だ、男も女もないと言われれば、まな板の鯉。
愛情のあるシステムは出来ないのだろうか。老人の数が多いからな−−病人の数が多いと、働く人も事務的にしないとやってられないのだろう。理解は出来るが。
 
 
H14年10月18日(金)
若者
帰省して老人病棟に行きました。
病院は休日で外来患者がいないのでがらがら。
入院病棟に行って驚きましたね。
若い男性の看護師というか介護士さんが3人ぐらいいたんです。
廊下と病室を回っているのは女性の看護婦さんでなく、若い20−25歳の男性
の若者だけでした。廊下を清掃しているのも若い男性です。
びっくりしました。看護、女性の世界だったのに、若い20歳ぐらいの男性が、
おばあちゃんの着替えを手伝ったり、おばあちゃん相手に食堂でナプキンの折り
たたみを何度もしていたんですね。がらがらの食堂でみんな休んでいるのに、8
0歳ぐらいの痴呆のおばあちゃんと向かい合わせで、ナプキンを丸めたり広げた
り。病室では、おばあちゃんが孫のような青年に「ごはんまだ?」「ごはんさっ
き食べたよね」なんて互いに話している。
20歳ぐらいの若者が80歳ぐらいのおばあちゃん、ほんと病人はおばあちゃんが多い、の世話をしている。確かに力のいる仕事ではあり、この世界は男性の力が必要なのだろう。甥っ子が脚を骨折して持ち上げるのに女性の看護婦さんで5人もかかったらしい。でもびっくりしましたね。こんな若者が−−。ますますこれからは男女若者関係なく、介護の仕事をする時代になるのだろう。最近の高校生の男女を通勤で見ていて、かれらと変わらない青年が−−おばあちゃん相手に−−。
老いるということ。如実に自分の目で見てしまいました。
H14年10月14日(月)
マイワシ消える
この間「鰯が居なくなる日」という本の話をしましたが、今日の新聞によるとマ
イワシが94年の400分の一以下で「事実上いない状態になっているそうだ。
日本海と東シナ海で。94年まで100万トン以上いたのに、今年の推定資源量
はわずか2300トン。「このままの状態で漁を続けていると消滅の可能性もないとは言えない」らしい。
早く食べておかないとマグロのように高級魚になるかもしれない。
問題は鰯が養殖の餌や家畜の餌になっていることらしい。鰯が居なくなったらたいへんだ。鰯が高くなったら大変だ。
いいわとは言えないし。
H14年10月13日(日)
ボールペン
第十回:日本が誇る発明品
20世紀の発明品のひとつとしてボールペンがあります。
ボールペンの歴史については、本欄の第六回でご紹介しましたが、この偉大なる
発明品の系譜に日本人が大きく関わっていることをご紹介し損ねておりました。
皆様の机の引き出しやペンケースの中に必ずといってよいほど入っている「水性
ボールペン」について今回は書いて見たいと思います。
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水性ボールペンは、昭和39年、オートボールペン工業の中田藤三郎氏により日
本で開発されました。それまでの油性ボールペンは、粘性のあるインクを使用し
ていたため、「泣き出し」や「ボテ」(第六回:ボールペンの歴史 参照)とい
う現象に悩まされていました。「油性を水性のインクにすれば解消されるので
は?」という中田氏の発想がそもそもの発端であったようです。
8年の試行錯誤の時を経て、水性ボールペンは、昭和47年にぺんてる株式会社
から「ボールぺんてる」というネーミングで商品化され、発売されました。
ただし発売当時は、ボール径が0.8ミリという太字であった為か、国内よりもむしろ、太字を好む欧米での評判の方が高かったとか。その後、技術が進み、0.7ミリ、0.5ミリといった細字タイプが開発されるようになると、国内でも次第に脚光を浴びるようになってきたようです。
 
H14年10月6日(日)
こんな映画を作りたい
「美しい日本の私」川端康成のノーベル賞受賞での講演の題名。
 
日本の美しい景色、秋の紅葉、夏の渓谷、冬のしんなりとした雪景色、春の桜。
そういうものを所々に見せながら、今の美しくない日本の姿をドキュメンタリーで見せる。満員電車、タバコすばすば、高校生の服装、座り込み。みんな自分だけは美しい生き方、生活をしているように錯覚しているが、これでもか、とおかしな日本人を映像化していく。環境問題、道徳心、大人も子供もなんかおかしな日本人がおかしくなく生きている時代になりました。滑稽に日本人が見てもおかしくおかしくて、見ているうちに、自分の襟をたださなければと思わせる映画。「美しくない日本の私」に気づかせる映画を作って欲しい。歴史教科書問題も、靖国問題も、いろいろありますね。
H14年10月5日(土)
働く
この間の朝日新聞の投書欄。
68歳の時折り込み広告を見た。
朝6−9時まで。パン屋さん。お仕事しませんか。履歴書を持って行った。「68歳ですが−−−」「年齢はいいです。仕事が出来れば」って店長さん。毎朝5時に起きて無遅刻で出勤。先日そのパン屋が閉店になり仕事を辞めた。77歳になっていた。これも凄い。
 
H14年10月4日(金)
松本清張
松本清張は、いままでたくさんテレビや映画で映像化されていますね。私も彼の本はかなり読みました。「Dの複合」って好きでしたね。「渡された場面」これは是非映画化して欲しい。唐津が舞台なのですが、途中から四国のある町の刑事さんの話になってくる。このある町が新居浜市そっくり。架空の町にしていますが、これは紛れもない新居浜です。清張はきっと新居浜の市役所のあたりを歩いてるはずです。別子銅山かなにか調査に来ているはずです。そうでないと書けない場面があります。
「声」って、短編も短すぎますが、前半の部分から映画化して欲しい作品ですね。「顔」もいいですね。「砂の器」は断然映画の方が素晴らしい。
H14年10月3日(木)
与謝野晶子
与謝野晶子って子供11人も居たんだって。凄い。休まる暇もないはずだ。ちゃんと詩や短歌も作っているのにね。凄いですね。11人の子供の世界って、楽しいだろうな。貧乏だったんですって。「青鞜」の巻頭に詩を載せてます。平塚雷鳥が頼んだそうだ。
近鉄のバッパァローのマークって岡本太郎作だって。そういえば岡本太郎的ですね。

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