篠田節子の「妖櫻忌」を読んだ。
主人公は「聖域」と同様に出版社の編集マン。
大物の女流作家が焼死し、その秘書だった女が女流作家の自叙伝を書くのだが、まるで焼死した作家がのり移って書いたかのような文体。
篠田節子は、お筆書きとか自動書記というあからさまなオカルト現象的描写を極力排して、「物語という魔に取り付かれた」者たちの、現世的な成功とは別様の末路を描き出している。
しかしなぁ、どうも篠田節子の限界も見える。
いやいや、そんなに期待してはいけない。
もしも篠田節子が「魔」の真実を描き得たとしたら、商業作家として成功などしていまい。
出版小説とはしょせん、売るための商品。
「妖櫻忌」には、そんな出版界の事情を皮肉るような所もたくさんある。
商業作家は売れるものを書かねばならない。
売れるもの…。
難しい。
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